淀橋/十二社熊野神社・多宝山成願寺

●姿見ずの橋

 鈴木九郎が紀州から多摩郡中野郷(中野坂上にある成願寺の現在地)にやってきたのは 応永年間(1394〜1428)のことであった。
 当時の武蔵野はすすきにおおわれ、ほとんど開拓されないままの原野で、 鈴木九郎は荒地を開き、馬を飼って生業としていた。
 あるとき、やせ馬を下総葛西の馬市で売って、一貫文(現在の20万円くらい)の代金を得て、 それを浅草観音に奉納してから幸運の芽が出てきた。 鈴木九郎は、これはきっと先祖の郷里・熊野神社のおかげと、角筈に十二社熊野神社を建立した。
鈴木家はもともと紀州熊野の出で、熊野神社の祭祀を世職としていたのである。

 鈴木九郎は数年にして『中野長者』と呼ばれるほどの近郷に並ぶ者のない大金持ちとなり、 広大な領地を持ち、豪勢な屋敷に住み、大勢の下僕を使っていた。

 しかし、山と積まれた財宝を手元に置いては、いつ盗賊に襲われるかわからない。
 不安に襲われた長者はそれらを人目のつかぬところに隠そうと考えた。
 そこで長者は夜毎、下僕をひとり連れ、橋を渡ってはどこかへ財宝を埋めに行っていた。
 ところが、帰りはいつも長者ひとりだけであった。
 長者は気が付かなかったが、橋を渡る長者たちを何度も見かける者がいた。
 下僕たちの往きの姿は見かけるが、帰りの姿は見たことがない。
 いつとなくそれは人の口の端にのぼるようになり、橋は『姿見ずの橋』と呼ばれるようになった。

 長者は下僕に財宝を背負わせ、(おそらく熊野神社辺りに)大きな穴を掘らせてはそれらを埋め、 その場所をさらに守るため、使役した下僕を殺しては神田川に捨てていたのだった――。
 こうして行方不明となった下僕の数は十余名にものぼったと伝えられている。

 さて、長者には『小笹』という名のひとり娘がいた。
 その愛娘も年頃になり、婚礼の話がまとまった。
 婿は高田小太郎という者で、媒酌人は市谷左源太。
 明日はいよいよ祝言というその夜――下僕たちの祟りはついに起こった。
 夕刻から立ちこめていた暗雲は、おりから怪しい犬の遠吠えがすると同時に、 熊野神社方面の森の上から、さらに一群の黒雲がよび、滝のようなどしゃ降りとなった。
 雷鳴がとどろく中、娘の悲鳴を聞いた家人は慌てて部屋へ駆けつけた。
 しかし小笹は慌てたように人払いをし、乳母さえも部屋から追い出してしまった。
「祝言を明日に控えて、少々気が高ぶっているのだろう」
 家の者はそう考えたが、中では恐ろしいことが起こっていた。

 小笹の腕にはびっしりと蛇の鱗が生えていた。
 始めは、腕がむず痒かったので袖をめくって見たらば、腕に光るものが張り付いていたのだった。 愕き慌ててそれを振り払うと、腕の皮が鱗に化した。 拭い払おうとすればするほど鱗はどんどん広がり、ついにはもう一方の腕までもが変化した。 小笹は震える手で手鏡を取り出したが、一目見るなり絶叫し、鏡を投げ捨て、そのまま外へ飛び出した。
 家人が後を追ったが、小笹の足は驚くほど速く、 橋を抜けてさらに上流の十二社の御手洗池まで走り抜けた。
 そうして、引き寄せられるように、小笹は池の中へと姿を消してしまった。
 小笹が池へ飛び込むその時には、既に完全な蛇体になっていた…。

 長者は、池から姿見ずの橋まで捜しに捜したが、小笹が見つかることはなかった。

 愛娘を失って、長者は罪もない下男を殺した崇りの恐ろしさを今さらのように思い起こした。 そこで、そのころ天下に名の聞こえた小田原関本の最乗寺住職・舂屋宗能禅師(しょうおくそうのうぜんじ)に懺悔して救いを求めた。
 禅師は早速、十二社池の端で祈とうを行い、その甲斐あって小笹はもとの姿になって昇天したのだった。

 舂屋宗能禅師に救われた鈴木九郎は、一念発起して剃髪し、法名を正蓮と改めて、蓄え置いた金銀を投げ出し、自宅を壊して多宝山成願寺を建てた。また供養のためと、高田から大久保までの間に百八の塚を築き、中野には七つの塔なども建てた。
 鈴木九郎は六九歳で亡くなったとされている。


 しかしねぇ、親の因果が子に報いとゆーのは『累ヶ淵』も同じだけど、 何の罪も持たないはずの子が酷い目にあって、 本当に悪い奴がいつまでも長生してるってゆーのは やりきれないなぁ。
 それにしても、『姿見ずの橋』自体の呪いは解けてないようなんだけど…

 花嫁さんが姿見ずの橋を通ると、川に転落して行方不明になる事件が相次いだ為、 花嫁行列はこの橋を渡ってはいけないというのが、近年まで残っていました。 最近では行列そのものが行われてないので、このしきたりは色あせてしまったようです。 が、花嫁の贄がなくなったせいか、近頃では
橋を渡っただけの若い女性が行方不明になっているようです。


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